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キョンキョンの味方だから、頑張って・・・・


芸能界でも賛否 小泉今日子「不倫宣言」の狙いと向かい風


2/6(火) 9:26配信

日刊ゲンダイDIGITAL

豊原功補(右)との恋愛関係を告白した小泉今日子/(C)日刊ゲンダイ


 小泉今日子(52)の前代未聞の不倫宣言が芸能界を超えて、議論を巻き起こしている。

 2月1日、代表取締役を務める会社「明後日」の公式サイトで大手芸能プロ「バーニング」からの独立を発表した小泉は、俳優の豊原功補(52)について「同じ夢を追う同士」としたあと「一部の週刊誌などで報道されている通り恋愛関係でもあります」と堂々と宣言した。これには表裏のない小泉らしい潔い物言いという評価の一方で、豊原に妻子があることから「相手のご家族の気持ちを考えていないと感じられ残念」との意見が一般からは多数あがっている。

 こうした向かい風も、本人は想定した上での行動だったようで、翌2日は舞台の稽古場に殺到する報道陣に「自分の罪は自分で背負っていきます」と胸を張ってみせた。

 その報道陣から「なぜ不倫を公表されたのですか」と質問されると、「文章をちゃんと読んでください。結婚するとかそういうわけではありません。今の事実をお伝えしたく、自分の思いを書かせていただきました」と答えた小泉。ダウンタウンの松本人志(54)はテレビでこう言っている。

「不倫をしていると、それを隠すことなく言いたかったのだけど、それをやっちゃうと事務所の人とかに迷惑がかかる。それで事務所を出て、個人になって(からやった)。それで叩かれるなら、それは覚悟の上ですっていうことですよ」――。

■豊原の個人事務所に並んだ表札

 実際のところ、小泉は1月いっぱいでCM契約がなくなっていたそうで、このタイミングでの発表を前々から準備していた舞台裏が見えてきた。

「東京の恵比寿近くにある豊原の個人事務所の郵便ポストには、かねて小泉の会社『明後日』の表札が並んでいます。約2年前から同じマンションの同じ部屋を使っているのです。写真誌の不倫報道があっても、表札を下げたりしていなかったから、実に堂々としたもんだと思いました。芸能マスコミも知っていたはずですが、どこも取材には動かなかった。小泉が大手の『バーニング』所属だったからなのかと思ったものです」(芸能関係者)

 取材が身辺に及ばなかったのは所属事務所の看板の影響力かどうかは分からないが、今になって不倫関係を自ら公表しなくてもいいようにも思える。だが、小泉は違った。お笑いコンビ「爆笑問題」の太田光(52)はあえて不倫を公表した小泉の胸中をこう推し量った。

「豊原君に『あなたに任せるわよ』って。私たちの関係をはっきりさせましょうっていうのを突き付けたんじゃないか」

 小泉に続いて、豊原も会見で不倫関係を認めた。しかし、別居中の妻子との離婚協議について「どうこうはっきりということにはなってない」「石を投げるなら自分に」とも語り、小泉との再婚に向けて動いているわけでもない状況にあることも明かした。豊原との関係がこうした中途半端なものであることもはっきりさせたかったとすれば、小泉の狙い通りだったに違いない。

■所属事務所に迷惑はかけられない

 とはいえ、自身の発言が原因で向かい風を真っ向から受けて立つことになり、とりわけ主婦や同性からの批判が相次いでいるのである。もう小泉をかばう事務所もない。それでも良しとしているのだろうか。

 小泉を長く知る別の関係者はこう言っている。

「彼女は不倫公表について『人間としてのけじめ』と書いていたが、その思いの強さは確かに分かる。本人も認めている通り、デビューから36年、芸能界のドンの庇護があったからこその小泉今日子であり、半ば活動を休止していたときも毎月、サラリーマンの平均年収並みの給料をもらってきた。サラリーマンの12年分の年収が毎年、あったわけだ。当たり前だが、独立とともにそういう生活保障もなくなる。少なくとも、それを覚悟の上で行動に出たのです」

 こうした小泉の生き方には「世間の常識の二歩先を行く」との特集も組まれているが……。芸能リポーターの城下尊之氏はこう言う。

「歌手業であれ女優業であれ、小泉さんは自分のやりたいように考えて、それを実行されてきました。ただ自分勝手にしていたのではなく、常に事務所と相談し、きちんと調整した上で進めてきたのだと思います。今回も、同じように自分の思いを通す生き方を選択した。しかし、そのために迷惑をかけられないと、所属事務所からの独立という道も選んだ。必ずしも世間に受け入れられないことも承知の上だったと思います。それでもご本人にとっては言わねばならないことだったのでしょう。今後はそんな自分の思いを受け入れてくれる人と活動していこうという決意がうかがえます」

 不倫の罪と罰。全ては覚悟の上とはいえ、向かい風が強くなるのはこれからだ。



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投手、ディロン・ジーにも期待している・・・・・・


中日の新外国人投手が密かに感謝!? マルチな才能を持つブルペン捕手


2/5(月) 22:21配信

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ドミニカ共和国出身のルイス・フランシス氏

 今季から中日でプレーするディロン・ジー投手は、通算8年のメジャー生活で51勝を挙げた実績を持つ。新天地でも先発ローテの一角を期待される右腕は、日本の野球と文化に適応しようと日々奮闘中だ。そんな中で「彼の存在はありがたい」と密かに感謝するのが、ブルペン捕手の“ルイス君”ことルイス・フランシス氏の存在だ。

【写真】マスク越しでも鋭い眼光…元MLB右腕も密かに感謝する、中日の“ルイス君”ことルイス・フランシス氏

 ドミニカ共和国生まれのルイス君はカープアカデミー出身で、母国語のスペイン語はもちろん、流ちょうな日本語を操り、英語でもコミュニケーションが可能だ。2006年まで広島でブルペン捕手を務めていたが、2007年から中日へ移籍。ブルペン捕手、通訳、打撃投手など、1人で複数の役割をこなすマルチな才能を持つ。5日にはブルペン入りしたジーの球を受け、抜群のコミュニケーション能力でアドバイスを送った。

「捕手とのコミュニケーションをストレスなく図れることは大きなプラス。もちろん、日本人捕手と会話をする時は通訳が抜群の手助けをしてくれるし、自分でも日本語を早く覚えようと思うけど、ルイスのような人物がいると新しい野球に対応しやすくなるね。ブルペン捕手としてのサポートはもちろん、彼自身が日本の環境に適応した経験も持つから、ちょっとした場面でのサポートがとても助かるんだ」

 メッツ時代の同僚だった松坂大輔と再びチームメイトになる“まさか”も重なり、思い切って飛び込んだ新たな環境への適応は、キャンプ第1クールを終えた時点では上々だ。「メジャーに来た外国人選手の気持ちとシチュエーションが、ようやく分かったよ」と笑う31歳。あらゆるサポートを生かしながら、いち早く“日本流”に適応し、開幕から存分に実力を見せつけたい。
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佐藤直子 / Naoko Sato



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松坂の復活は、中日の復活に直結している・・・・

松坂大輔、ドラゴンズでの復活に向けて「痛みへの恐怖心」に勝てるか


2/6(火) 9:10配信

webスポルティーバ



「野球が楽しいなって、また思えるようになってきました。たぶん、ちょっと投げられるようになってきたからだと思います。今は痛いところはありません。ただ、感覚的に肩周りの状態には波があって……いいときには朝起きてすぐ、『あ、今日はいいな』と思うし、ちょっと落ちている感じがするときは『今日はまだまだだな』って思ったりします。手術した場所の感覚は日によって違うんですよね。

 でも、去年(2016年)あった不安というものは、だいぶなくなってきています。今年(2017年)、目指しているのは腕を強く振るということです。そのためにはちょっとした間を取る動作が必要なんですけど、その間を作る余裕が持てなくて、腕を前で強く振れない。タイミングがうまく取れなかったんです。もしかしたら、心のどこか深いところで怖さを持っているのかもしれません」

 そして今年、初ブルペンで投げ終えた直後の松坂は、こう言っている。

「ちょうど気候もよくなりましたし、予定していたよりも少しだけ多く投げてしまいました。キャッチボールのときもそうなんですけど、たまに痛めていたときのかばう動作っていうのがちょいちょい出るので、自分の体に『大丈夫だよ』と言い聞かせながら投げていました。森監督からも『気になる動きがあるよ』と言われて、僕は『たぶん、こういうことだと思います』と理由を話したんですけど……それは腕の使い方ですね。無駄な力が入ってしまうというか、痛めたときの動作が出て、無理やり投げてしまうというのがたまにあったので、それを少しずつ減らしていけたらいいなと思います。いろいろな部分でのタイミングを確認しながら、ズレないように同じリズムで、と思いながら投げてましたけど、出来はまだまだです。(気持ちよく投げられた感じは)いやぁ、まぁ、今のところ、去年よりは……ハイ」

 そうなのだ。

 自分の体に大丈夫だよと言い聞かせながら――。

 今のところ、去年よりは――。

 つまりは今も、心のどこか、深いところにある怖さが完全に消えたわけではない。何しろ去年の秋までは肩の痛みが深刻で、投げることさえできず、懸命の治療を続けていたのだ。医学的に痛みの原因がなかなか特定できず、治療もリハビリも、正しい方向に進んでいるのかさえわからなかった。そんなとき、ホークスの工藤公康監督がこう言った。

「オレにもあったよ。朝起きたら、突然、肩が痛くないってことが……だから、いつそういう日が来るかわからないんだと思って、とことん頑張れ」



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